広く深く

岐阜の親戚が所有している別荘に来ている。新緑に青空、少し雪の残った白山。途中メタセコイア並木に立ち寄ったり、郡上八幡城に登ってみたり、のんびりしたGWを過ごしてる。

馬瀬川温泉、美輝の里という施設の温泉に入り、露天風呂で親戚と話していたら、向かいにいたおっさんが会話に入ってきた。このおっさんの話が止まらない。近場の温泉のこと、コゴミやフキやコシアブラなどの山菜の取り方や見分け方、御嶽山の登山ルートの違い、白山神社の話、どこやらはマナーが悪くて一般客は入れないやら、どこやらの神社の話やら。(色々忘れた。メモしたかったけど、あいにく手ぶらで全裸だった。)

おっさんは「山菜」と書かれた引き出しを開けると、物凄い種類の山菜がわんさか溢れていて、ガサッと掴んでは見せてくる。こちらは「岡山」と書かれた引き出しを開けても空。逆におっさんの「岡山」と書かれた引き出しには、こちらが住んでいる近くの温泉まで入っていて、完敗である。

岡山来ても何も無いよ。と言う自虐が岡山人あるあるになってるけど、長年住んでて何も無いなんて答えるのは卑怯というか、面白く無いのは岡山じゃなくてお前自身じゃないかという気がしてきて、恥ずかしくなった。

何を面白いと思えるか。そして、その人が心底面白いと思って話す話は、それだけで面白い。そこに都会も田舎もブランドも建前も人の目もないっちゅうことだと。これはちゃんと生活を見直さないと、つまらん生活を送ってしまってるなと反省してしまった。

温泉の帰り道、道の駅に足湯があった。ここも以前は温泉があったらしい。立ち寄ったスーパーに山菜がパック詰めされて売っていた。コゴミを初めて見た。コシアブラはこちらではコンゼツというらしい。全部おっさんの知識だ。

別荘に帰ってきて、どうしても自分でコシアブラが取りたくなって、山菜採りについて行った。教わりながら、成長しすぎてないコシアブラをちぎり、鼻に近づけると良い香りがした。この香りがしないと違う種類らしい。おっさんの知識だ。

何事も深く知ることは大事だ。細かい面白話をドヤ顔で語れるおっさんに、オレもなりたい。

やれば終わる

やりたいことが増えると、やれない自分に嫌気がさすことも増えたりして、じゃあのんびりしようかと思うと、何してんだオレはってな具合。

GW前半最終日。去年の夏からほったらかしで、見て見ぬ振りをしていた雑草だらけの庭を一掃。

「やれば終わる。やらないと終わらない。」案件の終盤に雑念が入りそうになると、念仏のように脳内で繰り返す言葉。やれば終わるという何の根拠もない救いにしがみついて気持ちを立て直すんだけど、でも本当に大抵のことは、やれば終わる。

ということで、ナスナスオクラシシトウシシトウピーマンピーマンシソの苗を植え付けて完了。

やりきった成果物は、ビールのアテになるほど気分が上がる。単純だ。